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あしたできることは・・・

どこかに出かけて写真を撮ってくると更新されます。

だれだって。

誰だって、いつかは消えてしまう。それは分かっている。

だけどね、ちょっとは心の準備期間が欲しいよ。
決して仲のいい親子じゃなかったし、進学や就職ではいつも話しが合わなかったし、なんとなくぎくしゃくしてた。
でもね、それでも親子なんだよね。

こんなことを言ったら不謹慎なのはよく分かってる。でも敢えて書く。
余命何ヶ月って宣告された方が、お互いにやりきることが出来たはず。
息子のくせに3週間も会ってなくて、最後は結局言葉も交わせなかった。
自分が情けなくなるよ。

みんな「長く苦しまなくてよかったよ」とか「上の世界で見てくれてる」とか「先に行った祖父さんの相手してる」
とか言うけどそんなこと信じない。俺が、決して仲のいい親子じゃなかったって言う俺が「悔しい」と思うくらいだから、
本人はもっと悔しいと思う。やっと買ったフルサイズのデジタル一眼、秋の収穫のために袋をかけたぶどう、
ユリをたくさん咲かせて「コツをつかんだ」なんて喜んだり、まさか自分がそうなるなんて思ってないよ。

遺影を作りながら、「こんな顔だったか」と思った。いつからか親の顔なんてまじまじと見なくなったなって。
よく見てたら自分は似てるんだとよく分かった。このときまで人が言うほどは似てないと思ってたんだけど。

一緒に出かけたのがどのくらいあるか調べたら、去年は数えるほどで今年はゼロ。だんだん動けなくなってきてたのかな。
ちょっと前に「6月7日に那須のゴヨウツツジ見に行くか」って母にメールしたら、「(最近の父は)朝起きるのに時間かかるし、
ぱっと動けないからパス」って言われた。そのときなんで気づけなかったのか。きっと血流が悪かったんだろう。

きっとは母は、言葉にしないけど自分を責めてるんじゃないかな。調子悪いと言っていた3週間に気付けなかったとか、
前日に運ばれたときに、もっときちんと診てもらえばよかったとか。でもねそれは母が悪いわけではない。

そんな母は12月まで祖父の介護をしていた。ほぼ毎日、歩いて10分の祖父母宅に通ってた。
今年になって少し時間もできて2人で出かけてたのに。

何を言っても、何を思っても、帰ってくるわけじゃないけど、みんな心のどこかで「悔しい」と思ってる。

まとまらない。